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生産者のこと

生産者のこと

茨城県鉾田市 水谷任佑さん「なんど転んでも」

2017.07.14

水谷 任佑さん…子どもの頃から夢だった農業の道へ。「環境にやさしい農業」を目指して自然栽培に取り組み、この夏はヤングコーンを出荷している。畑作業で好きな作業は種蒔き。

 強い南風が運んできた厚い雲は、初夏の晴天をあっという間に黒く覆った。ポツリポツリと降り始めた大粒の雨は、畑を叩くように湿らせていった。

 「惨敗でした……」
 ロメインレタスの畑で水谷さんは肩を落とした。視線の先には、夏に出荷を予定していたロメインレタスが植えられている。立派に育つものもある一方、小さな株が畑の大部分を占めていた。

 「発芽は良かったんですけど、それから何か育つ動きが遅いなと思っていたら、大きくならないまま収穫時期になってしまいました」。小さな株でも、時期がくればとう立ちが始まる。半分近くは出荷を諦めたとため息をつく。
 「今回はうまくいく」。以前ライ麦を使った土作りが成功したこともあり、手応えを掴んでいたと話す。実際、昨シーズンのロメインレタスは絶好調だった。株が期待通りに育ち、収穫作業が間に合わないこともあった。「ちゃんと育つ顔をしている」。そんな雰囲気の畑を前に、嬉しい悲鳴はあがっても疲れを感じることはなかった。

 意気盛んに臨んだ今年の作。3月に種を蒔いた時の期待は、思わしくない作物の様子を見ながら萎えていった。
 「育たないというのは、すごく辛いですよ。草を取っていて、『これほんとに育つのか』って思ってしまう時はモチベーションの保ち方が難しいです。わかった気がしていただけに、落ち込みが大きいですね」。夏のメインと見込んでいた作物がつまづき、今季の出荷はヤングコーンのみとなった。

 就農8年目。積み重ねた時間とは見合わない、不安定な現状に焦りが募る。

 水谷さんが農業を営む茨城県鉾田市は日本有数の農業地帯だ。太平洋に面し、内陸の大部分には平坦な土地が広がる。機械の作業性が良く、効率的な農業が可能な土地だ。それに加え海からは暖かい空気が流れ込むため、冬でも厳しい寒さが少ない。代表的な作物のメロンを筆頭に、いも類と野菜は日本一の農業算出額を誇る。

「以前、長野から来た知り合いが、平らな部分が続く畑にビックリしていましたね。夏場も海の風が入ってきて、かなり過ごしやすいです。日陰はないけど、家の中よりは畑の方がずっと涼しいですね。それにこのあたりは台風被害も少ないし、雪でハウスが潰れることもない。農業をするには、とても恵まれた自然環境だと思います」

 水谷さんがこの土地で新規就農したのは2010年のこと。東京に生まれ育ち、土に触れる機会は決して多くなかった水谷さんが農家を志したのは、幼い頃の体験がきっかけだった。
 「3歳の時に三重にある祖母の家で過ごしたことがあったんですけど、ミカン畑や家庭菜園があって。金柑を摘みながら、畑の中で過ごす時間がものすごく心地よかったんですよね」

 幼少時代の記憶は強く残り続けた。いつしかそれは漠然とした農業への憧れになっていた。中学・高校で進路を考える時には、いつも農業が選択肢の中にあったという。しかし、当時の水谷さんにとって農家になるためのハードルは高く、親からは当然のように「農業では食っていけない」と反対を受けた。そんな状況に納得し農家の道は諦めたものの、せめて農業に関わる仕事をしようと、農業大学への進学を決めた。

 「大学では植物ウイルスの研究をしていました。植物についたウイルスを採取して分析したり、それがどういう経路をたどってきたのか。そんなことを調べていましたね」
 何本もの蛍光灯が光り、温度と日長が管理された機械の中で育つ植物を観察する日々。屋内で過ごす事が多く、サンプルの植物を除いては自然に触れることは少なかった。しかし性に合ったのか、水谷さんは研究の毎日にのめり込んでいった。

 「例えば、採取した病気を健康な植物に移す行為をするわけです。インドネシアから取ってきた植物サンプルの汁を、日本で育てた植物に擦りつけたりして。そして病気が思惑どおり伝染したら『病気が再現できたぞ! 』って喜ぶんです。今思えば、すごく不健全な喜び方なんですけどね(笑)。そのウイルスを運んできた原因がアブラムシなのであれば、農家へ『栽培の時にアブラムシに注意を払ってください』という指導につながります。基礎研究だったので農家に直接的に役立つわけではありませんでしたが、安定した農業生産に貢献できればと思っていました」

 大学院に進んだ水谷さんは修士号を取得し、種苗会社の研究職へ就職を考えていた。その一方で、世間では以前に比べて就農へのハードルが下がっていた。志望していた会社への入社が叶わなかった事も重なり、茨城の親戚の元で、一度は諦めた農家になろうと決めた。

 「親戚はメロン農家で、おいしくて結構評判だったんです。私もそれが好きだったので、教わりながらメロンをやっていきたいなと思っていました」
 親戚が慣行栽培であることは知っていたが、水谷さんは大学時代から関心があった『環境にやさしい農業』を目指そうとしていた。農薬・肥料を使う仕事を教わりながらも、大学で得た知識を活かし、少しずつ自分が思い描く農業に近づいていこうと考えていた。

 「当時は『生物農薬』を使おうとしていました。害虫の天敵になる虫を放したり、害虫が病気にかかる細菌を使うという方法です。要は薬剤ではないもので、虫や病気の被害を防ぐというのが、大学で学んだ環境にやさしい農業だったんです」

 しかし思惑は外れまくる。
 生物農薬は高価な上、少量での購入が難しかった。物によっては輸入待ちがあるなど、欲しい時に手に入らない事もあった。さらに使ってはみたものの、効いているかがはっきりわからないという結果だった。

 「大学で勉強してきたことが、実際の現場ではまったく通用しなくて。農薬散布もやってみたんですけど、体調を崩したりしてこれは違うなと思いました。じゃ、どうしようと」。机上の計画は就農後わずか半年で暗礁に乗り上げた。

 手段は思いつかないが慣行栽培は厳しい。模索する水谷さんに転機が訪れたのは秋のことだった。それは隣接する茨城県行方市で自然栽培に取り組んでいた仲居 主一氏の畑訪問ツアーだった。
 自然栽培という言葉は大学時代から見聞きしていた。しかし研究者側からは、『何かインチキがある』『隣の畑から肥料が流れてきている』というような見解だったという。
 「実は参加した日もまだ疑っていたんです。でも実際に仲居さんの畑を見たり、話を聞きながら、嘘がないことはわかりました」。水谷さんはその後、行方市へ通うようになり、仲居氏から自然栽培を教わる日々が始まった。

 「7年続けてきましたがまだまだですね。7年もやってそんなもんか? って思われるかもしれません」。ロメインレタスの畑に目をやりながら自らを省みる。理想と経営とのバランスが取れていない事は大きな課題だ。しかしながら、一大産地に身を置く中で、環境にやさしい農業を続けていきたいという気持ちはより強まった。

 「大きな産地ということもあって、農薬の使用は当たり前です。それに加えて高齢化の影響で、除草剤が使われる場面もどんどん増えてきたように思います。実際に農家になって芽生えたのは、環境・農家・食べる人だけでなく、畑の周囲に暮らす人にもやさしい農業でなければいけないということですね」
 理想や想像とのギャップはまだ大きいと自覚している。「楽しいよりは必死」。現在の心境をそう告白する。

 「やっぱり誰もが取り組める方法じゃないと広がりがないですよね。誰かの奥義じゃない農業というのが理想だし追求していきたいと思っています。失敗ばっかりですが、やる気だけは常に誰にも負けないつもりです」

 まだ南風はものすごい速度で雲を運び続けていた。いつのまにか雨は止み、雲間からは光が指していた。


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このコラムを書いた人

髙橋 寛幸

お米担当。栽培管理から精米まで、お米に関わる事はなんでもやってます。タダモノではない植物「稲」について、あーだこーだと自然栽培農家と話すのが至福の時間。

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