肥料・農薬に頼らず、土本来の力を発揮させて作物を育てる自然栽培は、農地だけでなく地球環境を整え、生命に恩恵を与えてくれます。持続可能性が重視されるいまこそ、自然栽培が必要なポイントをまとめました。
肥料を施す農地では、肥料分は植物に全て吸収されず土中に残ります。それらが地下水に浸透して河川や海へ流れ込み、環境に影響を及ぼしています。農薬については、環境への影響を最小限に抑える規制はありますが、その成分に殺菌・殺虫効果がある以上、生態系や環境への負荷は免れません。自然栽培はそれらの心配が無い農業です。
肥料もタネも海外からの輸入が9 割という実情のなか、現在はウクライナ紛争や円安などで確保が難しくなっており、いつ入手できなくなってもおかしくない状況。食糧危機も否めません。一方自然栽培は肥料の投入をしないうえに、タネも自家採種していけば、外部から資材を購入しなくても、土さえあれば栽培・生産し続けることができます。資源に依存しない持続的な栽培法です。
農業といえば、重労働であるだけでなく、農薬による健康被害や資材高騰による経済面での不安など、先行きの見えない職業として、後継者も少なく農業従事者が減少しているのが実態です。そんななか、環境にも人にも優しく、農薬・肥料の購入の負担が少ない希望の農業として、新規就農で自然栽培を始めたいという若者も少しずつ増え始めています。
近年、気候変動の影響とみられる災害が激化しています。環境省では2020年に気候非常事態を宣言し、人類を含む全ての生きものの生存基盤を揺るがす「気候危機」が起きていると強調しました。
今日の大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済システムは、資源・エネルギーの採取・不要物の排出といった形で自然環境に対して大きな負荷を与えています。結果、気候危機が起こり、あらゆる生物種の生存を脅かし、今後百万種の生物が数十年以内に絶滅する危機に瀕しています。
最大の環境問題ともいわれる地球温暖化は、産業活動の活発化により二酸化炭素・メタン・一酸化二窒素などの温室効果ガスが大気中に大量に排出されることが起因して、地球の気温が上昇していくメカニズムです。
世界各地で過去最高気温(観測開始以来)を記録した2023年7月。温暖化によって多くの地域で巨大な嵐の発生頻度が増え、また、水不足の悪化や干ばつによる農産物へのダメージも増加しています。海水は大気の熱を吸収して、その水温上昇に伴って体積が増加し、海面水位は1900年から2010年までで19センチ上昇しました。
私たちが生きる上で欠かせない食糧生産を担う農業もまた、地球環境に多大な負担をあたえています。効率的に多くの農産物を供給するため、圃場整備や大型農機の導入・膨大な化石燃料や化学物質に依存する工業型の農畜産は、温室効果ガスを排出し、土壌劣化や地下水汚染を招いています。工業的な農業生産は、生物多様性を害し、つくり手や食べる側の健康にも影響を与え、気候変動に大きく作用しています。利潤を求めて経済活動を実行するほど、多大な反作用が起こるともいえます。
こうした流れを受け、環境負荷の軽減に配慮した環境保全型農業への取り組みが活発化していきました。環境保全型農業には、有機農業や自然農法・低投入持続型農業・リジェネラティブ農業などが挙げられますが、自然栽培も環境保全に寄与する農業として注目されています。二酸化炭素の300倍もの温室効果がある亜酸化窒素(N20)は、農地に投入される窒素肥料によって発生するため、無施肥で農地を回復させながら食料確保を目指す自然栽培の在り方は、この時代にこそ意義のある農業ともいえるでしょう。
農業分野以外でも、温室効果ガス削減の対策や再生可能エネルギー開発・エコライフの啓蒙が各国で推進されるようになりました。しかし、このような取り組みが世界的に広がりつつあっても、環境問題の劇的な改善は起こりません。その理由の一つには、先進国が便利で快適な暮らしを放棄できないこともあるでしょう。再生可能エネルギーやリサイクル素材といった代替手段を最大限活用しても、私たちが人間活動のスピードそのものを緩めない限り、生物多様性は失われ続け、地球の自然環境が大きく損なわれてしまうでしょう。成長とは何か? 豊かさとは何か? いま一度立ち返る時なのかもしれません。
気候危機にまつわる環境変化は、人類にとって脅威でも、地球という自然にとっては、あくまで調和に向かう自浄作用。そんな自然界の無条件の営みをどれだけ人類が理解し、コントロールすることを手放し、どれだけ歩幅を合わせられるかで未来が大きく変わるように思います。土や種といういのちを信頼し、人為的な要因を排除することで顕れる生命の本質ーー。私たちは自然栽培のプロセスに、驚くような自然界の仕組みを見ることができます。資源の収奪ではないサイクルから生まれる豊かな恵みに、環境保全という観点以上に大きな希望を感じることができるでしょう。いのちのひとつである私たち人間にもまだ無限の力が備わっている、自然栽培はそう教えてくれます。
■参考資料
国際連合広報センター「気候変動の影響」
GREENPEACE 「ゼロから学ぶ食と環境問題」「生態系農業 人を中心とした食と農業の未来像 ー 七つの原則」
秋山 博子「温室効果ガスの高精度モニタリングと環境メタゲノミクスの融合によるN20削減」
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