ハーモニックライフ(調和する生き方)という観点から、ナチュラル・ハーモニーの商品部スタッフ、大類(おおるい)が世の中について考察するライフジャーナル。
今回は、昔ながらの厳格で伝統的なイメージのある和食ですが、実は和食の歴史が教えてくれるのは、とても自由で柔軟性があり様々な文化を吸収しながらも、精神性を忘れない日本人の心そのものというお話です。

異文化の融合から読み解く
日本食と私たちのアイデンティティ
ユネスコ無形文化遺産にも登録され、世界中から健康的な食事として注目を集める「和食」。一汁三菜、四季折々の旬の食材、そして繊細な盛り付け。なんとなく、和食に対して「古くから脈々と受け継がれてきた、厳格で伝統的な食事」というイメージを持っているかもしれません。食にこだわる方であればなおのこと、「昔ながらの日本の食事こそが理想的だ」と考えることも多いでしょう。
しかし、「和食とは一体何か?」という厳密な定義は、実は存在しないことをご存知でしょうか。毎日の食卓に欠かせないご飯やお味噌汁、あるいはハレの日の天ぷらやすき焼きなど。私たちが「純和風」だと信じて疑わないこれらのメニューの起源をたどると、意外な事実が見えてきます。和食とは、決して閉鎖的に守り抜かれてきたものではありませんでした。外からやってきた様々な異文化を貪欲に吸収し、融合させることでできあがった、極めて柔軟でクリエイティブな食文化なのです。
例えば、和食の代表格である「天ぷら」。その語源はポルトガル語の「テンペロ」や「テンポラス」であると言われ、室町時代末期に南蛮貿易とともに伝来した西洋の揚げ物料理がルーツと考えられています。また、精進料理に欠かせない「飛竜頭(がんもどき)」も、ポルトガルのお菓子「フィリョース」が名前の由来だという説があります。
さらに歴史を遡れば、私たちの伝統調味料である味噌や醤油のルーツ「醤(ひしお)」も、もともとは古代中国から渡来した発酵調味料でした。時代が下り明治時代になると、肉食の解禁とともに西洋の食文化が一気に押し寄せます。そこで誕生したのが「すき焼き」や「肉じゃが」です。これらは、西洋の食材である牛肉を、醤油やみりんといった日本の伝統調味料で煮込むことで生まれた、まさに文明開化がもたらした和洋折衷の傑作と言えます。つまり和食の歴史は、外からやってきた新しい食材や未知の調理法を「どうすれば美味しく、自分たちの口に合うようにできるか」という、飽くなき探求と試行錯誤の歴史でもありました。

では、なぜそれほどまでに雑多な異文化の要素を取り入れながら、和食はバラバラの無国籍料理にならず、洗練された「独自の食文化」として世界に認められるまでになったのでしょうか?そこには、日本の豊かな風土が育んだ「魔法のフィルター」がありました。
第一のフィルターは「水」です。日本の水はミネラル分の少ない軟水であり、昆布や鰹節から繊細な「うま味(出汁)」を引き出すのに非常に適していました。この「出汁」の存在が、油や香辛料を多用する異文化の料理を、余分な味付けを削ぎ落として素材そのものの味を活かす「引き算の料理」へと変換していったのです。
第二のフィルターは「発酵」の技術です。高温多湿な日本の気候は、日本の国菌とも呼ばれる「麹菌」を生み出しました。大陸から伝わった大豆や穀物は、この麹菌の力によって、味噌や醤油といった世界にも類を見ない奥深く豊かな調味料へと生まれ変わりました。
さらに、日本の食の根幹をなす「稲作」の文化も、この発酵の魔法に大きく貢献しています。その代表が「納豆」です。大陸から伝わったとされる大豆を、稲作の副産物である「稲わら」に包んで保温したところ、わらに棲みつく納豆菌が作用し、あの独特の風味と高い栄養価を持つ、日本独自の発酵食品「納豆」が誕生しました。
このように、日本の自然の恵みと先人たちの知恵というフィルターを通すことで、あらゆる食材が見事に「和食化」していったのです。

日本人は古来より、大陸の文化や西洋の文明など、外からやってくる未知のものを頑なに排除するのではなく、むしろ好奇心を持って柔軟に受け入れてきました。しかし、決して自分たちの本来の姿を見失うことはありませんでした。漢字を取り入れてひらがなやカタカナを生み出し、西洋の衣服を取り入れながらも着物の文化を大切な場面で残してきました。
自らの根底にある精神性(アイデンティティ)や、自然への深い敬意といった核となる部分はしっかりと残しながら、異なる文化と見事に融合し、自分たち流の新しいものを創り出す。これは、世界的に見ても非常に稀有で、しなやかな強さを持った民族性と言えるのではないでしょうか。和食がこれほどまでに豊かで奥深く、そして私たちの体に馴染むのは、この日本人の類まれな包容力と創造性が、お皿の上に表現されているからなのです。
どうしても「和食」と聞くと少し窮屈さを感じてしまう方もいるかもしれません。しかし、和食の歴史が私たちに教えてくれるのは、もっと自由でおおらかな姿勢です。今回お伝えしたかったのは、和食の本質が、厳密なルールに縛られることではなく、その土地やその季節に採れる命を、自然の理にかなった方法でありがたくいただく、という精神そのものであることです。変化を受け入れて柔軟に融合していく。そんな日本人のDNAを思い出しながら、今日の食卓を、もっと自由で豊かな気持ちで楽しんでみましょう。
■参考資料:
・農林水産省HP「 和食」の保護・継承についての資料
・同省「食文化の歴史」「うちの郷土料理」等
・特定非営利活動法人うま味インフォメーションセンターHP
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