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農業

「自然栽培でお米を育てる理由」前編

2022.07.25

私たちにとってあまりにも身近で、その存在意義を深く考える機会の少ない「お米」という食べ物。
今回は食糧生産のみに留まらない田んぼや稲の役割、そして自然栽培を育てる意義を三回に分けて考えてみたいと思います。 

「自然栽培でお米を育てる理由」前編

~田んぼの役割~

農林水産省は、2021年産米の相対取引価格が12%下落したことを発表しました。人口減などによる消費減少に加えて、新型コロナウイルスの影響で外食需要が低迷し、在庫が積み上がったことが大きな要因になったようです。

高齢化・兼業化がすすみ、農地の維持さえ困難となりつつある農村地域が増えるなか、このような米価下落は日本の米生産を大きく揺さぶります。米の価格低下が続き、販売価格で生産費を賄えなくなっている深刻な状況です。生鮮食品の在庫過多という部分で見れば確かに問題なのかもしれません。しかし、日本人の食と文化の根幹を支えるお米の行く末が、貨幣という天秤で左右される脆さに大きな危機感を感じています。

そもそも、なぜお米が日本の主食に選ばれたのでしょう。日本における水田の拡大が政治権力の強制があったにせよ、安定性と多収性を示し、そして味の良さに優れた稲だからこそ主食に君臨したことがわかります。一般的に難しいとされる連作が、田んぼに水をためることによってお米を繰り返し栽培することが可能になりました。河川や用水から流れ込んでくる水には、落ち葉や土などから溶け出した豊富な養分が含まれるため、稲が水や土壌から栄養を吸収することができ、また過剰な養分は流し出すことができます。

こうした日本の稲作もアジア全体で見れば少数派に過ぎません。アジア各地は、水田ではなく畑や灌漑をもたない天水田、通年湿地での稲作といった、日本とは大きく異なる環境下で米づくりをする地域が広く分布しています。もちろん不作を迎えることもありますが、これだけ安定して収穫が可能なのは、灌漑ができる日本の稲作だからともいえます。

食糧生産に留まらず、田んぼで継続的に米づくりが行われることによって、私たちの暮らしに多様な恩恵がもたらされています。田んぼは雨が降った時に雨水を一時的に貯蓄し、周辺や下流に少しずつ時間をかけて流していく働きがあります。これにより、急峻な地形をもつ日本において、洪水を防いだり被害を軽減する機能を果たしています。また雨水がゆるやかに地下に浸透しいていくため、地下水位の急激な上昇を防いだり、地すべりなどの災害を防止する働きがあります。田んぼに利用される灌漑用水や雨水は地下に浸透して地下水になり、下流地域の用水にも活用されます。
他にも、暑さをやわらげたり、止水を生息場所とする多くの生きものの住処となったりといった重要な機能を果たしています。

五穀豊穣を祈る祭事に由来する多くの年中行事も、水田稲作の農作業と密接に関係しています。正月は年神を迎えて新年を祝い健康や幸せを祈る行事ですが、年神はもともと稲を実らせる田の神でもあります。日本を象徴する花である桜の名前は、「田の神が座る場所」に由来すると言われています。花見は、農作業が本格的に始まる前に、山から下りてくる神を迎え、豊穣を祈る行事でした。米づくりに関わらない現代人にとっても、年中行事は暮らしの節目となり、季節の移り変わりを意識することができる大切な機会ですね。

日本の発酵食品に欠かせない麹菌にとっても、お米は重要な役割を果たします。麹菌をお米に加えると、米に大量に含まれるデンプンをブドウ糖に分解する働きが起こります。米麹は、米味噌や米酢・みりん・日本酒といった食品に欠かせない素材です。昔ながらの納豆づくりにも、納豆菌の格好の住処となる稲わらが必要ですね。

時代の流れによってひとつの文化が発展や衰退するのは自然の流れですが、土砂流出の多い日本の国土を保ち居住と食料供給に安定をもたらした稲作文化=「命」と「暮らし」を支えてきたお米を、ライフスタイルの変化で手放すことができるのでしょうか。

川から水を引いて田んぼを整備し、病気や冷害に強い稲を育種し、道具や機械を改良して稲とともに歩んできた日本人。長い年月をかけて発展した日本の農業用排水路のネットワークの長さは、地球10周分に相当する40万キロにも及びます。

水資源の豊富な国に生まれ、飢えの記憶が無い現代に生きる私たちにとって、そのありがたさを想像するのは難しいことかもしれません。気候風土に寄りそい、日本人と共に歩んできてくれた稲がもたらす恵みを再認識し、関心を持ち続けたいと思います。

中編に続く

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