ハーモニックライフ(調和する生き方)という観点から、ナチュラル・ハーモニーの商品部スタッフ、大類(おおるい)が世の中について考察するライフジャーナル。
今回は、脱炭素社会へのシフトが叫ばれ、化石燃料からクリーンエネルギーへの移行が進む中、電気自動車を動かすバッテリーに不可欠な「リチウム」の採取に、多くの犠牲が伴っている事実に焦点を当ててみます。

毎日の食卓に並ぶ食材を選ぶとき、価格や鮮度を意識している人は多いと思いますが、中には「どこで、誰が、どのように育てたのか」を意識している人もいるかもしれません。それは、農薬の使用状況の確認、生産地での労働環境に配慮した食材を選ぶことなど、個人の健康はもとより地球と社会を思いやる大切なアクションです。では、調味料の基本となる丁寧につくられた「自然塩」についてはいかがでしょうか。
南米アンデス山脈のふもとに広がる、世界最大級の塩湖群(チリのアタカマ塩湖、ボリビアのウユニ塩湖、アルゼンチンのサリーナス・グランデスなど)は、絶景の観光地としても有名な美しい塩湖で、古くから良質な自然塩の産地として知られています。現地の先住民たちは何世代にもわたって手作業で塩の結晶を採取し、自然の恵みを壊すことなく生計を立ててきました。
しかし今、この神聖な塩の採掘地が未曾有の危機に瀕しています。その原因は、私たちが日々手にするスマートフォンや、環境に優しいとされる電気自動車(EV)を動かすバッテリーに不可欠なレアメタルの「リチウム」です。世界中で「脱炭素社会」へのシフトが叫ばれ、化石燃料からクリーンエネルギーへの移行が急ピッチで進んでいます。しかし皮肉なことに、そのクリーンな技術を支えるための巨大な採掘開発が、手つかずの自然塩の産地を物理的に破壊し、現地の人々の生計と命の水を奪っている事実があります。今回は、私たちが良かれと思って選ぶテクノロジーの裏側にある「見えない犠牲」について、一緒に目を向けてみましょう。
現在、世界のリチウムの大きな供給源となっているのが、チリ、アルゼンチン、ボリビアにまたがる「リチウムトライアングル」と呼ばれる広大な塩湖地帯です。世界のリチウム資源(地質学的に確認された存在量)の約半分が眠るこの地域では、塩湖の地下深くに存在するリチウムを含んだ塩水(かん水)を汲み上げ、広大な専用プールに溜め、数ヶ月から数年かけて太陽光で蒸発させるという手法がとられています。
この手法の最大の問題は「圧倒的な水の消費」と「塩湖の環境破壊」です。
わずか1トンのリチウムを抽出するために、約200万リットル(2,000トン)もの塩水が汲み上げられ、大気中に蒸発して失われます。これにより、過酷な砂漠地帯の貴重な地下水脈のバランスが崩れ、周辺のオアシスや川が次々と干上がっています。さらに、リチウムの精製や洗浄用としても大量の真水を汲み上げることで塩湖の自然な水分バランスが崩れ、良質な塩が結晶化しなくなるという影響も出始めています。

この水枯渇は、現地の生態系に致命的なダメージを与えています。採掘開発が最も集中しているチリのアタカマ塩湖では、塩湖の浅瀬を住処とし、特定の微生物を餌とする希少なアンデスフラミンゴは、環境変化のバロメーターです。水位低下と塩分濃度の変化により餌が死滅し、一部の地域では個体数の急減が報告されています。
さらに深刻なのが、何千年とこの地に暮らし、自然と共生してきた先住民コミュニティへの影響です。塩湖の表面から塩を採取し交易するという伝統的な生計は、広大な採掘エリアへの立ち入り制限により奪われました。また、貴重な地下水が枯渇したことで、キヌア栽培などの農業や、リャマ、アルパカの放牧といった彼らの命綱である産業が立ち行かなくなっています。
アルゼンチンの採掘現場周辺では、「El agua vale más que el litio(水はリチウムより価値がある)」というスローガンを掲げた先住民の大規模な抗議活動が度々起きています。事前の十分な説明や合意がないまま、自分たちの土地と命の源である水が奪われていく現状は、単なる環境問題を超えた深刻な「人権問題」として国際的な批判を集めています。
「では、塩湖から採らなければいいのでは?」と思うかもしれません。事実、現在世界で生産されるリチウムの過半数(約6割)は、オーストラリアなどを中心とした「鉱石(ハードロック)」からの採掘によって賄われています。天日蒸発を待つ必要がなく、数日で処理できるため、急増するEV需要を満たす主力となっています。しかし、この鉱石採掘も決してクリーンではありません。
硬い岩石を露天掘りで削り出し、砕き、1000℃以上の超高温で焼き、最終的に「濃硫酸」などの強力な化学薬品を使ってリチウムを抽出します。この過程では莫大な化石燃料が燃やされ、1トンのリチウムを作るのに排出されるCO2は、塩湖での採掘の約3倍(約15トン)にも上ります。
さらに、採掘した岩石の9割以上は、硫酸などの有害物質が残留したドロドロの廃棄物(鉱滓:テーリング)として残ります。巨大なダムに貯蔵されるこの廃棄物が漏れ出せば、周辺の土壌や河川に甚大な汚染を引き起こします。
ヨーロッパ最大級のリチウム鉱山開発の計画が、多くの反対により一時的に停止されたセルビアや、先住民の「聖地」と言われる、過去白人による虐殺が起きた跡地の墓地がリチウム抽出の予定地となったアメリカのネバダ州、さらには農業遺産があるポルトガルなどの鉱石採掘の予定地では、巨大な穴と化学処理施設による影響を恐れる市民たちの激しいデモが続いていますが、現在も建設作業や実用化に向けた準備が進められている状況です。
塩湖での「水資源の枯渇」か、鉱石採掘による「大規模なCO2排出と化学物質汚染」か。現在のリチウム生産は、こうした「環境負荷のトレードオフ」の上に成り立っているのです。

では、私たちはこのシステムに依存し続けるしかないのでしょうか。確かにスマートフォンの普及や自動車のEV化を止めることは現実的ではありません。しかし、完全にクリーンな解決策がすぐに見つからなくても、以下のように今ある選択肢の中から「ベターな道」を選ぶことは可能だと考えています。
一度採掘した資源を絶対に無駄にしない仕組みづくりも始まっています。EU(欧州連合)では、将来的にEVバッテリーを製造する際、一定割合以上の「リサイクルされたリチウム」を使用することを法律で義務付けました。このように消費者が、リサイクルされたバッテリーを使用した電子機器を選ぶことでも、仕組みを加速させることができます。
食品の成分表示を見るように、車を選ぶ際も「サプライチェーンの透明性を確保し、人権や環境に配慮した鉱山から調達しているメーカーか」を基準に選ぶことです。フォードやメルセデス、テスラなど、一部の先進的な企業は、バッテリーの鉱物をどこから調達しているかを追跡し、「責任ある採掘」の国際認証をクリアした素材への切り替えを宣言しています。私たち消費者が「エシカルな企業」を支持することが、業界全体を変える力になります。
これが、私たちにできる最も身近で強力なアクションです。航続距離を伸ばすために巨大なバッテリーを積んだ大型EVを選べば、当然多くのリチウムを必要とします。日常の買い物や通勤であれば、バッテリーの小さな小型EVやプラグインハイブリッド、あるいは電動アシスト自転車で十分ではないでしょうか。「本当にそのサイズが必要か?」と問い直し、生活環境に合った選択をすること。そして、今あるスマートフォンや車をできるだけ長く大切に使うこと(究極のリサイクル)こそが、新たな採掘を防ぐ最大の防御策ではないでしょうか。
塩湖の水を蒸発させずにリチウムだけを直接吸着し、残りの塩水を地下に戻す「DLE(直接抽出技術)」の実用化が進んでいます。また、リチウムの代わりに地球上に無尽蔵にあるナトリウムを使った「ナトリウムイオン電池」など、新たな資源に依存しない技術も生まれ始めています。
私たちが口にする食べ物が世界と繋がっているように、私たちが使うテクノロジーもまた、遠い国の塩湖や人々の暮らしと深く結びついています。完璧な正解がなくても、「知る」ことからすべては始まります。次世代の美しい地球を残すために、今日のあなたの選択を、少しだけ「ベター」なものに変えてみませんか?

参考資料:
・アントファガスタ大学(チリ)イングリッド・ガルセス(Ingrid Garcés)教授らによる研究データ一式
https://www.researchgate.net/profile/Ingrid-Garces-2
・王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)「気候変動とリチウム採掘がリチウム三角地帯のフラミンゴの生息数に及ぼす影響」
https://royalsocietypublishing.org/rspb/article/289/1970/20212388/79366/Climate-change-and-lithium-mining-influence
・毎日新聞「農村揺るがすレアメタル 開発計画に住民悲鳴 緑を壊す脱炭素」
https://mainichi.jp/articles/20221108/k00/00m/030/371000c
https://mainichi.jp/articles/20221109/k00/00m/030/392000c
・タンティ財団「ドキュメンタリー:水はリチウムよりも価値がある」
https://fundaciontanti.org/2024/06/17/documental-salares-andinos-el-agua-vale-mas-que-el-litio/
・米州環境防衛協会(AIDA)「アンデス山脈の塩湖におけるリチウム採掘は、なぜ「水採掘」とも呼ばれるのでしょうか?」
https://aida-americas.org/es/blog/por-que-la-mineria-de-litio-en-salares-andinos-es-llamada-tambien-mineria-de-agua
・CarbonChain 「リチウム採掘が環境に与える影響を理解する」
https://www.carbonchain.com/blog/understand-lithium-minings-environmental-impact
・西バルカンファインダー「ベオグラードでヤダル鉱山開発計画に反対する大規模抗議デモが開催される」
https://wbalkans.info/tens-of-thousand-protest-against-jadar-project-in-belgrade-blocking-railway-and-bridge/
・米国地質調査所(USGS: United States Geological Survey)「Mineral Commodity Summaries」
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2024/mcs2024-lithium.pdf
・SMART ENERGY WEEK「欧州電池規則の対象と内容は?施行予定のバッテリーパスポートとともに解説」
https://www.wsew.jp/hub/ja-jp/blog/article_96.html
・Lead the Charge 「よりクリーンな自動車サプライチェーンを目指した競争」
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://leadthecharge.org/wp-content/uploads/2024/02/Leaderboard-Report-2024-Japanese.pdf
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