つくり手紹介
2018.11.13
井口 定雄さん…1958年千葉県八街市生まれ。奥さまの美智子さん・愛犬カイちゃんと暮らしている。3年前に憧れのオープンカーを購入し、早朝ドライブに出かけるのが楽しみの一つ。真冬に厚着をしてオープンカーに乗るのが通なのだそう。
ご自宅にお邪魔すると、尻尾を勢いよく振った愛犬のカイちゃんと、「おぅ」という低い声が迎えてくれた。
千葉県北部に位置する八街市。水はけの良い関東ローム層の火山灰土が地中で実をつけるのに適しており、落花生の栽培は明治末期から急速に発展した。大正初期には特産地となり、現在でも収穫量は全国1位を誇る。
そんな場所で落花生を育てている生産者の一人が井口 定雄さんだ。東京都三鷹市で桶屋を営んでいた曽祖父が八街に移住して農業を始めたという家で、4人姉弟の末っ子として生まれた。上3人はお姉さんで、近所からは後継ぎが生まれて良かったねとよく言われたそうだ。
「子どものときは、悪いことあんまりやんなかったんじゃないの? 大人になってからの方が、悪いことしてたかもしんないね」と冗談っぽく話す井口さんに、つい笑ってしまった。姉を見て育ったという井口さんは、幼少時代にこっぴどく怒られたというような思い出はない。要領がいい末っ子の気質を持っているのだろう。
いつも軽口や冗談で場を明るくしてくれる井口さん。でも大事な場面では決して無責任なことを言わない。「人に意見するっていうのはよ、その人の人生なんだから安易に口出しはできないよ」という言葉に、真面目で誠実な姿が垣間見えた。
落花生の種蒔きや収穫の時期には、井口さんの家に沢山の人が集まる。慣れた手つきで作業をすすめるのは、好意で手伝いに来てくれる人たち。以前貸し農園をしていた時に利用してくれた近所の人たちだが、中には東京からわざわざ来てくれる人もいる。面倒見の良い井口さんには、力になりたいと思わせる魅力があるのだろう。
就農したのは18歳。農業高校を卒業してすぐに実家を手伝うようになったという。
「車買ってやるから農家になれってね。車でどっかに遊びに行きたい年頃だべ。それで就農したの。単純でしょ?」。当時を笑い話にしていたが、跡取りと言われて育ち、継ぐことを早くから意識していた。親の背中を見て家のことをおのずと考えるようになったという井口さんからは、家族や代々続いていく農家という職業を大切に感じていることが話の節々から伝わってきた。
農家として順調に歩んでいた30歳の時に、転機が訪れた。
親戚に誘われて肥料・農薬を使わず野菜を栽培する生産者グループ「自然農法成田生産組合」の説明会に参加し、自然栽培に出会う。以前から有機栽培には興味があり、農薬の使用量を減らしたり、土壌改良剤を使わずに栽培を試みたりと、試行錯誤していた。
「農業でやってくには、みんなと同じことしてたらだめだなって。あと、性格もあるだろうね。人のあとを追っかけていくっていうよりは、違う道をいってみたいっていう」。自然栽培に興味を持ったきっかけを話す。
また当時、農家はお金になるなら何でもするという考えがまかり通っており、周りとの価値観のずれも感じていた。有機栽培と謳えば高く売れた時代。市場で野菜を買い、その野菜を無農薬野菜として卸す農家も実際にいたという。胸を張って自分で美味しいものを届けたい。そんな思いが井口さんを突き動かした。
「生き方の問題になってくるよ。ごまかしじゃなく、確かなものをつくるっていうね」。井口さんは、組合にすすめられた落花生の自然栽培を始めることにした。
「ここの土に合ってるし、育ちやすいからって言われてね。でも、そういうものほど実は難しい。自然栽培で美味しいものをつくろうっていうのは、チャレンジでしょ」
肥料で野菜の生長を早め、大さや形をそろえることはできる。自然栽培では肥料も農薬も使わないため、作物は自分のスピードで育つ。人がコントロールすることはできない。
自然を尊重した栽培では、人間主体ではなく作物に合わせて人が動くことになる。落花生には、株が伸びる時期・花が咲く時期・乾燥する時期など、味を左右する重要な生育のタイミングがある。その様子をうかがいながら、頃合いを逃さず種蒔き・除草・水やり・収穫を行って美味しい落花生をつくり続けてきた。もはや職人技だなと感服した。
井口さんが育てているのは「千葉半立(ちばはんだち)」という品種の落花生。現在市場に多く流通している「ナカテユタカ」よりもやや小粒の品種だ。殻に黒い斑点模様がつきやすいため栽培が難しく、収穫量も少ない。しかし香ばしい風味と濃厚なコクが特徴で、どの品種よりも味が優れていると言われる。
井口さんは徹底して味を追求するため、自宅に2台の焙煎機を所持し、自ら焙煎を行う。一般的には、落花生農家は栽培するのが仕事。出荷後の焙煎やパック詰めは加工業者が行う。
「普通の加工業者は、焦げると商品にならないから、最も美味しいところの一歩手前で煎る作業を止めちゃうんだ。それじゃあいつまでたっても最高の味は引き出せない。だから、自分で煎ることにしたんだよ」。落花生は天候7割・焙煎3割というほど焙煎で味が変わる。
焙煎機は窯の中の温度が均一ではなく、さらに落花生の大きさがまちまちのため、全てを同じように煎ることはできない。30秒でも煎り時間が違うと、煎りが不十分だったり逆に焦げたりしてしまう。煎っている落花生を少し取り出して感触を確かめ、匂いを嗅いで煎り具合を常にチェックする。見極めが難しく、神経を使う作業だ。
焙煎してパック詰めする最後の工程まで気を抜かないこだわりが、井口さんの落花生の美味しさに繫がっている。
井口さんは毎年、自宅の前で直売(一般栽培の落花生)も行っている。井口さんの落花生を毎年待っているファンも多く、近所や親戚に配るというお客さんが大量に落花生を買っていくのを何度も見かけた。美味しい落花生を心待ちにする気持ちがよくわかる。
今年は例年にない暑さで草の生育が早く、いつもより除草回数を増やしたが取りきれなかったそうだ。湿度と気温が高ければ草が3日で出て、伸びるのも早い。毎年暑い時期は草との戦いだ。
「草が生えなかったら農家は楽なのになっていつも思うよ」というほど、どんな農家も頭を悩ます課題だ。
これからも落花生をつくり続けるのか聞くと、「先の人生わかんないよって皆には言ってんだ」とおどけながら答えた。でもふと真面目な顔になって、「お客さんがね、毎年楽しみにしてるよとか美味しいって伝えてくれるから続けられるんだ。やっぱりお客さんの笑顔が励みになるよね」と呟いた。
美味しい落花生を追求して30年の井口さんの原動力に触れることができた。
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このコラムを書いた人 小谷 彩野 ナチュラル・ハーモニーの宅配の販売促進を担当しています。ナチュラルな子育てをゆる~く目指して日々を過ごしています。好きな言葉は「足るを知る」。 |